宮城県作業療法士会

お知らせ

県士会ニュース136号 2015.9.13

2015.09.13

目次

① 新会長挨拶 … 道又顕
② 第49回日本作業療法学会を通して … 虎岩辰弥
③ 高次脳機能障害者への自動車運転再開への取り組み … 菅野俊一郎
④ イクメンより … 高橋典雅
⑤ つぶやきコーナー:Sさんのこと … 神先美紀

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① 新会長挨拶

 

広南病院 道又顕

今年度の総会で選任され、6月1日付で会長職を拝命いたしました道又です。会員の皆様、宜しくお願い致します。県士会活動では平成16年度から学術部で活動してきました。平成18年度から理事として、平成23年度からは副会長として県士会の役員を務めてきました。その中で宮城県作業療法士会のことをどのくらい理解して活動してきたのだろうと、今回、宮城県作業療法士会の歴史を振り返ってみました。私もそうですが、若い会員の皆様はあまりご存じない方も多いと思いますので紹介したいと思います。

宮城県作業療法士会は昭和57年(1982年)に任意団体として設立されました。この時の理事数は1名(会長のみ)、会員数は17名でした。初代会長の秋藤一夫先生は7期13年間の任期を務めていたようです。2代目会長の大橋秀行先生は1期2年、3代目会長は現在の日本作業療法士協会副会長で精神医療センターの香山明美先生です。2期4年の任期を務めていました。4代目会長は再び大橋秀行先生が1期2年務めています。平成15年度からは5代目会長として、東北福祉大学の佐藤善久先生が3期6年務めました。この頃にちょうど法人格取得に関する議論が行われました。そして平成21年度から昨年度まで、6代目の会長として東北保健医療専門学校の上遠野純子先生が3期6年間を務めました。会員数の変化としては発足当初の17名から10年で62名、20年で283名、30年で711名と増加しています。そして現在の会員数は807名となっています。この人数の力を集結して職能団体として社会貢献に寄与できることは何でしょうか?会員の皆様と一緒にさらに考えていきたいと思っております。

刻々と過ぎる日々、世の中は変化してきています。日本は諸外国に例を見ないスピードで「少子高齢化」が進んでいます。このことは現在の社会問題となり、国の政策として地域包括ケアシステムが構築されていることは皆様がご存じのことと思います。昨年度よりブロック会を中心に地域包括ケアシステムに作業療法士として県士会としてどう関わっていくべきかをお話ししてまいりました。また、県の会議などに出席するたびに、行政施策の大きな変遷により、地域社会での作業療法士を含めたリハビリテーション専門職への期待は高くなってきていることを感じております。まだまだ、不十分ではありますが県や各市町村の要請に応えられるように、組織および人材育成を進めている所です。会員の皆様のご協力の程、引き続き宜しくお願いします。

最後になりますが「継往開来」という言葉があるように、過去の歴史を振り返り、先人が取り組んできた事業を受け継ぎ発展させながら未来を切り開いていくことが必要だと考えております。そのためには個人の力だけではなく全体の力を結集して取り組んでいかなければなりません。県士会活動の活性化のために尽力させていただきますので、なお一層の会員の皆様のご協力の程を宜しくお願いします。

 

② 第49回日本作業療法学会を通して

 

東北薬科大学病院 虎岩辰弥

今回の日本作業療法学会は、兵庫県で27年ぶりに開催されるとのことで、参加者は去年のWFOT(世界大会)のときよりも多い見込みであったそうです。神戸空港から電車で10分、駅の近くであったため仙台空港からのアクセスは抜群でした。会場はポートピアホテルと神戸国際展示場の2か所で行われ、ひとつ道路を挟んでの会場であったため、外にもOT学会参加者が多くみられ、周囲とは異なる雰囲気で盛り上がっていました。

ホテルの大きい会場でシンポジウムやその他の発表、さらに広い会場でポスター発表が繰り広げられていました。シンポジウムは大きい会場でも中に入りきらず、今回の大きなテーマ「温故知新~五十路を還り将来(みらい)を展ぶ~」に関する講演を聞こうという立ち見での参加者が多く見受けられました。今回は、義手の看護師のバイオリン演奏や、漫画家の方が認知症の母との関わりや介護の実態をマンガにした話など、医療職以外の目線に立った公演に心を打たれ、障害に対して少し視点を変えて考えることができました。また、障害を障害としない強い気持ちが「その人らしさ」をさらに引き出したり、自分の能力以上の実力を発揮する……対象者への関わりや対象者にかけるほんの一言が「その人らしさ」を引き出すことになるというOTの役割の重要さを感じます。

その他の発表でも、OTだけでなく医師や多職種からの質疑・応答もあり、医療の在り方や医療間の意見交換等、職種のアピールの場にもなる全国学会が示す大きな意味を感じることができました。ポスター発表では発表者と直接対話ができ、自分の経験と照らし合わせて意見の交換をし、時間が足りないくらい充実した時を過ごせました。

物品展示のコーナーでは各業者のブースでの体験の他、今回は兵庫県の名物を中心とした屋台が並んでいました。また、アクティビティ体験やクイズラリーなど講演や発表以外の企画にも力が入っており、兵庫県士会や学生さんの運営に感謝したいと思います。

 

③ 高次脳機能障害者への自動車運転再開への取り組み

 

坂総合病院 菅野俊一郎

はじめに
当院では平成25年度に自動車運転支援チームを立ち上げ、主に高次脳機能障害を呈する脳卒中患者へ支援を行っている。

なぜ高次脳機能障害を呈する患者に運転支援が必要か?
平成13年までの道路交通法は精神病者、精神薄弱者、てんかん患者、目が見えない者、耳が聞こえない者または口がきけない者、政令で定める身体に障害のある者、アルコール等の中毒者については免許を与えず、これらに該当する者となった時は免許を取り消すこととされていた。平成13年の道路交通法改正では病名で一律に欠格事由として排除せず、運転免許センター内の公安委員会にある運転適性相談を行い相対的に判断することとなった。
特に「自動車等の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する病気」という部分に高次脳機能障害が当てはまると考えられる。そのため、高次脳機能障害を呈する患者が自動車運転再開を希望した場合、評価を行った上で公安委員会の確認が必要である。

高次脳機能障害を呈する患者にどのような評価を行うべきか?
自動車運転に関する文献や書物が多数出版されており、当院もそれを参考に包括的自動車運転評価を行っている。具体的にはインテーク面接、院内評価、実車評価を行い、結果を医師報告する。医師が必要に応じて診断書を記載するという流れである。
特にインテーク面接が重要であり、評価の必要性を理解してもらうことが第一歩である。そのためには法律だけではなく過去の事故例や民事的責任などを本人、家族を交え行う。十分に時間をかけて説明することで事故への認識や評価への協力が得られやすくなることが多い。
また、当院では実車評価を近隣の教習所で行っている。実際場面で認知、予測、判断、操作を評価できる面で実車評価は有効といえる。教習所と関係を持つ上で気をつけていることは、教習所に自動車運転再開の決定権がないため、合否の判断を求めないことである。運転の合否は教習所でも病院でもなく公安委員会が判断するものであり、当院では評価の一部として乗車しアドバイスを貰う姿勢で行っている。

最後に
近年、脳卒中後やてんかんを有する方の自動車運転事故ニュースを目にする機会が増えた。医療従事者は必要に応じて患者を運転適性相談へ誘導し、適切な自動車運転再開を進めることが大切である。
当院も良い支援を行なっていけるようチームのメンバーと共に日々精進していきたい。

 

④ イクメンより

 

仙南サナトリウム 高橋典雅

みなさんはじめまして、私は白石市にある精神科の病院に勤めています高橋と申します。私には妻と4歳の娘がいますが、私は6時15分頃に家を出てしまう為、娘と触れ合う時間が帰宅後の僅か1~2時間しかありません。よって育児の殆どを妻任せになってしまい、妻には感謝の気持ちと、娘には淋しい思いをさせてしまっているという気持ちでいます。

さてこんな私が“イクメン”という事で原稿依頼を受けたのですがイクメン?と考えて何ができているのだろうか?私がやっていることといえば帰宅後の時間と休日に全力で遊ぶことと、趣味である園芸を通して食育の真似事くらいでしょうか?こんな一人の父の姿を書いてみようと思います。

まず全力で遊ぶことで娘は喜んでくれますが、私の体力が持ちません!そこで最近では、遊びながらの筋トレやストレッチをはじめました。子どもと遊びながらできるかなぁ?と勝手にいい方へ考えていましたが、娘はとても喜んでくれました。初めは数回しかできなかった筋トレが次第に数をこなせるようになり、娘との遊ぶ体力が付き、抱えての移動が楽になりました。そして、なんと仕事場面でも患者さんと関わる際に体の使い方や体力面で楽になったと思うことが多くなり、体は父としても大切ですが、セラピストとしても大切なのでは?と改めて気が付かされた瞬間でもありました。

次に、私の趣味の園芸を娘とすることで食育の一環になればと思い行っています。始めたきっかけとして、“最近の子どもは野菜が店で作られていると思っている”と聞いたことです。我が子には種から芽が出て、成長には土や水、太陽などが必要であるのだと感じてほしく、また食べ物の有難さ、大切さを感じて欲しいと思っています。そんな私の思いを知ってか知らでか、娘は野菜の成長を報告してくれることがあり、食事では自分で育て収穫したからと、苦手だったトマトをいっぱい食べてくれました。まずはこれくらいでも食育大成功と思っています。そして、“自分がやったから○○○できた”という経験は大切ですよね。そんなことも教えられ気が付かされる一面でもありました。

最後に私事ではありますが、この初秋に娘はお姉ちゃんになり、私は二人の子どもの父になります。下の子も同じように精一杯の愛情を込めて育てていきたいと思っています。そして是非、みなさんも体調に気を付け、育児を通し“気付き”をもらっていただければと思います。

 

⑤ つぶやきコーナー:Sさんのこと

 

宮城病院 神先美紀

友人Sさんのことを書きたいと思います。始まりは、私の中学校からの友人Mからの誘いの電話でした。Mは、ある人にプール通いを勧めていて「プールで歩くことを教えたいから手伝って欲しい」とのことでした。ある人とは、私が以前リハを担当していた女性のSさんでした。「いいよ」と引き受けたことで数年ぶりの再会となりました。Sさんは、左片麻痺で、装具をつけてのT字杖歩行、上肢は殆ど動かない状態です。家事も仕事もバリバリこなす50歳代の発症、私と友人Mよりも数年年上です。退院後、しばらくして「いけ花教室」を再開していましたが、外に出る機会は少なかったようです。親しくしていたMは、Sさんにもっと外に出てほしいと考えていたようでした。

Sさんにとって初めてのプールの日、左足が水の中で浮いてしまうために怖がるSさんでしたが、Mは抱きかかえる役、私はSさんの左足を下から押して、Sさんが踏みしめやすくする役です。2人でなんとかSさんを水の中に入れることができました。温水プールの1コースを貸し切っているので、他の人を気にする必要もなく、ゆっくりと進んで25メートルを歩きました。Sさん曰く、「怖いけど、うれしい」初プール体験でした。プール通いも回数を重ねるうちに、私の役目は手で膝を少し押すだけになり、そのうちお役御免となりました。そこから始まるSさんとの友達関係は、3人での食事会、文通、Mと私がSさんのいけ花教室へ参加することになるなどと広がっていきました。

Sさんは、入院中の私とのOTについて、思い出したようにいろいろ話をしてくれるのですが、最初に手紙で書いてくれたのは、OTの時に「私のボーダーのシャツを、(神先が)さらりと詠んでくれたのを思い出した。」とのことでした。よく似合っていたのでなにか文を書いて渡したようでした。そして、俳句をたしなむSさんは、以前詠んだご自分の作品を5つほど手紙に書いてくれました。情景が浮かぶ俳句で、絶品でした。

いけ花教室には、10人ほどのお弟子さんがいました。私のいけ花初体験はとても刺激的でしたが、それよりもSさんの生き生きとした表情、椅子に座り麻痺側に大きく傾きながら覗き込んで作品を見て、手直しをしたりほめたりアドバイスしている姿、お弟子さんと活発におしゃべりし大笑いする声に驚きました。Sさんは「プールは挑戦、いけ花教室は私を待ってくれている人たちがいる大切な居場所」と言いました。そして「俳句は、今は詠めないの」と苦笑していました。作業は人を元気にする、作業にはその人その人の過去と今があるのだなと、実感する日々です。

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② 一般社団法人宮城県作業療法士会キャラクター募集について
[募集目的]
作業療法士の活動を今よりも身近に感じてもらえるよう、様々な活動を通して情報を発信していきたいと考えています。そこで、当士会や作業療法士の活動をわかりやすく県民の皆様にお伝えするための取り組みの一環としてイメージキャラクターの募集をします。ぜひご応募ください。
[コンセプト]
宮城県、作業療法士、作業療法をイメージできるデザインであること
[募集期間]
H27年8月10日~10月30日
[特典]
採用された方には1万円の商品券が贈られます。
※詳しくはこちらをご覧ください。

編集後記

気候が変わったからなのか、自分が気付いていないだけなのか、最近、季節の変わり目を感じることが少なくなったように思います。思えば、小学生のころは夏の夕暮れ、夏の終わりと言えばヒグラシの鳴き声が聞こえて、だんだん秋の雰囲気に染まっていきました。季節の移ろいを感じるゆとりも大切だと昔の自分に教えられているような気がします。これから年末に向けて何かと忙しい時期になります。なかなか難しいことですが、ゆとりを持って過ごしていきたいものです。 川勝

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